毎日が睡眠ガチャ

うつ病と診断されて、3年目の毎日を時々綴っています。
参考になればと思いますが、処方や診断については、医療機関に相談してください。
 
飲んでいる薬で眠れるパターンになって平和な毎日だったところ、現在、副作用のムズムズ脚からの減薬中。毎日、今日は眠れるかどうか、それはガチャガチャを回すようなもの。
よく、「悩みがある」から眠れないとか、「考え事をしている」から・・眠れないと思われがち。もう、今は、寝れるんでしょ?って思われがちだが、そんな簡単には身体は戻らない。睡眠とは体のシステムなのである。
先週、1種類(ミルタザビン)を1錠だったのを半錠(15mg→7.5mg)にしただけで眠れなくなるーー。どうしようこのまま眠れない毎日だったら・・と、数日全く眠れない日が続く。しんどい。で、主治医に相談。
「起きる時間が後ろになってきていませんか??」と聞かれ、そういえば、起きる時間は、12時に寝て7時に起きるパターンは、8時半に起きるパターンに、ずっと前からなっている・・。
「人間は起きてから17時間後に眠れる体内時計のリズムなので、8時半に起きるのであれば、1時半に眠りに入るとすんなり眠れるはず」という主治医。「ここは腹をくくってやってみるしかありませんね」と、どうするかは私次第ということで、そこにかけて、チャレンジしてみる・・。1
時半に寝るリズムは夜が長くて暇である・・。本が好きでよかった。
23時に薬飲んで、24時に寝ていたのを、24時半に薬飲んで、1時半に寝ることに挑戦してみたら・・すんなり寝れたーーー。減薬してから処方を元に戻さずに、ちゃんと眠れるなんて、すごい。
今日の受診で、腹をくくったと、報告。主治医、喜んでいた。笑

患者と医師の対話の時間

※1年半前にうつ病と診断され、服薬治療中の経過を綴っております。薬の処方、治療はその人の症状、経過によって色々な処方があるものです。これが絶対いいとかオススメするものではありません。

 前回のブログで、眠るための薬、トラトゾンを25mgにするか、50mgにするか、主治医と話し合って、試してみることを書いた。

   

akaneironomori.hatenablog.com

 試してみたら、25mgだと眠れないし、50mgなら眠れることがわかった。

 でも、主治医は「基本は25mg」って言っていたことを思い出した。

 25mgに減らす方を目指した方がいいのか??

 25mgで眠れない状態はよくないのだろうか?と思いながら受診した。

 

 「いまのもりさんにとっては、25mg×2がちょうどいい量ということですよ」

 「でも、減らせないとダメなんじゃないかと思ったんですが・・」

 「減らすことを目標にするのは違いますよ」

 「自分にとって眠れることがいい、スッキリ起きられるのがいい・・何を大事にしたいかで選択すればいいのですよ」

 そうか、そうなのかーーー 

   つい主治医にどうしたらいいか答えをもとめてしまっていることにも気づいた。

   薬も治療も提案されるもの、受け身の状態で提供されるものである。しかし、自分の身体を知っているのは自分であり、意志をもって選択してもいい。

身体を観る眼差しをもってを選択することを促す。それを、医師は短い診察時間で行っている。主治医のスタンスは、「主治医に答えはない、答えはあなたがもっている」ということを示している。責任をわたしにかえしているんだと思った。しかし、解像度高く、主治医の言いたいことを受け取れないと、「なんで、答えを教えてくれないんだ!」ってなりそうだ・・

 

 

処方について主治医と話し合う

※1年半前にうつ病と診断され、服薬治療中の経過を綴っております。薬の処方はその人の症状、経過によって色々な処方があるものですので、これが絶対いいとかオススメするものではありません。  

 2週間ぶりの受診。受診の際には、毎日のログを見せながら話す。睡眠時間とか調子、天気などを書いたノート。

 朝が起きれないか夜が眠れない時が多かったなぁ。夜眠れなくて、翌日調子が悪い・・。眠剤、トラトゾン25mg+眠れない時は、50mg飲んでいるにも関わらず!脳が覚醒して眠れない。

 主治医は、「起きれない」ということに着目して、眠る時間が結果的に増えているならば、薬が多すぎるのかも?という仮説を立てて、トラトゾン25mg1錠+眠れない時、25mg1錠で、減らすことになった・・薬が減った=回復傾向と捉えることもできるかもだが、薬が増えるのも減るのも、またそれで慣れる、定着するまでの間が調子悪かったりするんかなぁと思うと、減るのも不安になる。減らしたら眠れなくなるんじゃ!と思ってしまう。 

 「薬はいつ飲んでますか?」と聞かれ、「眠る30分前に飲んで、眠れない!となったら追加で、1錠足してます」と答えたら、「それ、一番薬が翌日に残っちゃう飲み方ですね」とのこと。

 「一番眠れない人は、追加分も合わせて、眠る1時間前に飲むんですよ」

 えーそれじゃ、今日眠れるかどうかわからないけど、追加分も飲んでおくってこと???眠れるかどうかは布団に入らないとわからないんだけど・・と聞いたら、「そういうことですね」と主治医は言う。「難しいんですけど、眠れなさそうだという日(何か活動した、脳が過活動になっているなど)先制攻撃的に先に飲むのがいいんです」

「クスリじゃないところでリズムはつくっていった方がいいのですよ」

 ↑名言。なるほど。

 仮説として、今は薬が多くなっている(トラトゾンが多い)→起きれない→寝過ぎになり、夜寝る時間も遅くなってしまう・・悪循環・・

 と主治医の説明に納得して、やってみることになった。

 今日のやりとりで思ったのは・・

 主治医とよってたかって一緒に病について考えて、試していくところは面白いことでもある。

 主治医は共に向き合うパートナーのような存在だと思った。

 あと、ログはちゃんと取っておくといいねということ。

 あと、薬の飲み方、就寝する30分前に飲んでいたけど、「1時間前に飲んだ方がいい・・」これって、うつビギナーの頃に知っておくようなことだと思ったが今更・・?!今更知ることもある。

 脳が誤作動して、ふつうに眠れるのが難しい。眠れないのは悩みがあるからなんだね・・とかじゃなく、自律神経の切り替えがうまくいかないということ。ふつうに眠れるって尊いことだよなぁと思う。 

  

 

 

 

病と言葉と心の間

 わたしがうつ病治療中(2023年3月にうつ病の診断・現在服薬治療中)であることを知っている周りの人は、時々私に会うと、「最近調子はどう?」と聞いてくれる。「もう元気になったかな?」という期待や希望も半分ありつつ、よくある世間話の中の何気ない会話の一つのフレーズ。

 調子はどう?と聞かれて、「元気になりました!」と答えることはできないなぁと思うが、傍目には元気に見えると思う。

 服薬も続けていて、薬の量も変わっていなくて(むしろ、症状に合わせて合う薬の量や種類を模索するため、微調整していて、最初の頃より、薬の量や種類は増えている。)受診間隔も2週間に1度精神科通い。疲れやすく、毎日、今日をどう乗り越えるかと対策を練って、毎日重い荷物をもったままのろのろ歩いている気分。

 エネルギーは病気ではなかった時の2割ー3割減くらいのエネルギー量。「元気そうにしている」と見えるのは、7割のエネルギーを取捨選択しているから。優先順位つけて7割のエネルギーを使い切らないよう過ごしているから。元気な側面が見えているから元気そうと見えている。だから、「(病気にかかる前の)元気になりました!」とは、すっきりと言えないと思う。

 だから、「調子はどう?」に対しては、にっこり「元気な鬱、調子のいい鬱」と答えている。「調子悪め」のうつ病が、寝ているしかできない、起き上がれないとしたら、そこまでいかないけど、100%の元気でもないという間のふわふわとしたところにいるうつ病

 うつ病になり、休職したばかりのころ、偶然、自分が心許せる同僚に出会った時「調子はどう?」と聞かれたら、休職しているんだから、「元気な様子」で、話してはいけないような、「調子が悪い」風に見えないといけないかのような居心地の悪さを感じた。居心地が悪いため、できれば知り合いに会いたくない、会わないように隠れるように過ごしていたこともあった。「調子はどう?」にすっきり答えられない。自分の心にうつることと相手に映ることの違いからくる居心地の悪さは、うつ病精神疾患であることを公表できない人が多いことの理由の一つではないだろうか。

 今は、この病との付き合いも長くなって、問われることと、それに対して表す言葉、表せない言葉、相手と自分の受け止めの齟齬のようなものがあったとしても、一歩引いて捉えられるようになった。

 その時に思い出す歌詞がある。「言葉と心の間 それは君しかわからない」というフレーズは、小田和正の「between theword & the heart」という唄のフレーズ。まさに、自分の心の中に見えていることと、世界との間には齟齬があるということを歌っている。齟齬があるから行き違い、軋轢も生まれるけど、対話や深い相互理解につながる可能性もある。齟齬の中で居心地悪く感じることはあったとしても「言葉」にしていくことが大切なのではないかと思っている。

 うつ病は、日本では400万を超える人がかかっているらしい(厚生労働省調べ、平成29年のデータ)。症状がひどい急性期を超えて、治療しながら暮らして、寛解するのに年単位とかかる。ということは、病と共に生きる人が多いということだ。その割には、身近にうつ病にかかっている人がいても、症状の経過や多様性は見えていない人が多いのではないだろうか。わたしもそうだった。うつで休職して、消えるようにいなくなった・・でも、その後どんな経過を辿ったかは知らない。また、仕事で支援していた人の中にもうつ病の人はたくさんいたが、具体的にどんな風に辛いか聞いていたけど、実感としてはわからなかったなぁ・・

 そう思うと、多くのうつ病当事者の中のn=1として、「元気な鬱です」と表明してうつ病と共にある人としてその人の前にいることが、病への理解者を増やしていくことにつながるかもしれない。当事者ができるささやかな、身近な社会を変えていく運動だと思っている。

 

【備忘録 ぎっくり腰(プチ)経過】

7月6日、イベント運営仕事でパタパタ動いてる途中で、「ビキ」と、右臀部が鳴る…。「ああ、これ、やばいやつ…」と、半分青ざめるが、立てなくなる規模の巨大地震レベルではなく、震度4くらいらしいとわかるが、立てないギックリ腰になるんじゃないとハラハラ…。立つ度にズゥーンとした、じんじんするような痛み。

極力動かないようにし、そろりそろり歩く。無事に終わり、帰宅したらひたすら保冷剤当てて、そろそろ歩いてロキソニンテープを買いに行き、貼る。冷やすか温めるか悩んで、知り合い整体師さんにメッセージしてみる。。安心する。

なんと翌日もイベント運営のお仕事。翌朝、起きたら、痛みはマシになっていて、立てる〜ありがたい。
盤ベルトで骨盤固定とロキソニンテープを貼り対応。

その後痛みはおさまり9日の今日たかぎ整体で施術の日。脚もカチカチ、背中もかなりカチカチで、骨盤歪んで、股関節硬くなっているところに負担がおしりにきたということですね〜。あちこち押してもらうとカチカチ。
ここ一年は、ギックリ腰にならない生活を心掛け、ならないんじゃないかとさえ、思っていたがなった理由は、

疲労が蓄積
・自律神経疲労 真夏、クーラーの冷え、寒暖差
・生理前であったー こんな時に限って…
【生活の心掛け】
・おかずに味噌汁 暖かいもの&水分&ミネラル
・白湯をちびちび飲む 1時間にコップ一杯
・朝ごはんはお粥にして、生姜追加
・身体の脱力 寝る前に手足ぶらぶら体操
・本気のギックリ腰に移行しないようちゃんと治療する
・冷たいものは控える
・腹巻き買おうかな…

困ったらここに行けばいいという整体があるのは心強い。食事、日々のケアのアドバイスもいただける。

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【活動報告】惟の森劇場へようこそWS -編集学校実践-

以前行ったワークショップの報告です。
実施日:2024年 2月28日 場所:オルタナティブスクール惟の森 

緑区オルタナティブスクール惟の森で、「ことば」をテーマに創造するワークショップのファシリテーターをしてきました。
 昨年10月に、高学年対象で、本の感想を表現するようなことをしたけど、低学年対象にもと、お声かけいただいた。低学年に本の感想を他者に表現は、「動機が持ちにくい…何やろう」と、思っていたところに、ちょうど編集学校の守コース受講中で、「編集工学」を使ってワークショップデザインできないかなと思って、編集学校系の人に相談する機会をもち、実施することができた。
「身体性」と、「魂がものに宿る」ことを核にし、学校の中にあるものに目玉シールをつけ、おしゃべりを考えてもらいました。子どもたちは、目玉シールもらうだけでわくわくして、遊んで、遊んでいるうちに、自然におしゃべりも生まれてくる。目玉シール、自分のおでことか、メガネとか、みんな自分に貼りがちなのもかわいい。笑
舞台の上に並べて発表。
 
糊のノーリー、卓球のラケットはタッキュー、鉛筆削りはボー、サイコロはカクレカクレ。発表になると自由に話せない感じになり、お名前当て、クイズにしたことで、そこから言葉遊びが生まれ、臨機応変に取り入れたことが良い結果につながる。
 

 
▪️編集工学的観点からのワークショップデザイン
・アイスブレイクは、言葉世界を広げる「意味のシソーラス」。ゲーム的にゆいの森にあるものゲームで、言葉世界を広げる。
・目玉シールつけたら、そのものはどんなものかという「アフォーダンスを広げる」ために、「要素やらしさや機能」から名付けをしてもらう。
・鳴き声、足音を「オノマトペ」で独自に造り出す用法を使う。独自言語を作り出す子もいた。
 
1人1人に「そのものはどんなもの?」と、質問しながらキャラクター考えるのを久野さんとえっちゃんにサポートいただき、子どもたちそれぞれの表現が生まれ、めっちゃ楽しかったー。ワークショップデザインから実施まで、1人ではできなかったのと、こうした機会にお声かけいただけたのがとてもありがたい。
 

ファシリテーター:ネーミングを考えようWS

 市民活動でこれから設立する団体の「団体名を考えよう」ワークショップのファシリテーターを務めました。このプログラムは、「才能をひらく編集工学」(安藤昭子/ディスカバー・トゥエンティワン)と、2023年秋にイシス編集学校の「守」コースを受講した内容を元に考え実践しました。

es.isis.ne.jp

 

d21.co.jp

 

 集まったのは、「子ども」の支援、子どもの保育、教育、育ちの場に関わる組織に関わる方たち16人です。子どもに関わる人や組織を支援する、中間支援団体をつくるにあたって、団体名をアイディアを膨らませ、楽しく考えるというのが場の目的でした。

 最初に、

 新しいアイディアは、「ものすごいクリエイティブな人」だけが考えられるものではなく、誰もが言葉の世界から言葉を見つけ考え出せる。「編集」という方法を使えば、「自分の周りの世界を柔らかくして、多面的にものごとを捉える」ことをお伝えしました。

 発想の準備運動として、自己紹介は、自分を文房具に例える自己紹介。フリクションに例えて、フリクションの太さへの愛を語り盛り上がるグループの姿も見られました。

 「何かに例える」それだけで、その人の違う側面が見えてくる・・

 ここには編集が働いている、誰もが「編集」することはできる。

 ネーミングを考えるプロセスの最初には、いきなりネーミングを考えるんじゃなく「連想の地図」をみんなでつくることを提案。

 エクササイズの最初は、「地」と「図」のワーク(P214「才能をひらく編集工学」)

 どんな情報も「地(ground)」と「図(figure)」に分けてみることができます。「地」は情報の背景にあたるもの、「図」は認識されている情報の図柄。

 

まずは、情報を「地」と「図」に分けて認識する。これだけでも、一見入り組んだ情報世界を認識するのに大いに助けになります。その上で、「地」を動かすことで「図」がガラリと様相を変えることを認識します。これは「発想力」やものの見方の柔軟性に直接関わることです。

 コップを例に、地を部屋、美術室、恋人、砂場にするとどんな言い換えになるかを聞いていきました。その後、「子ども」の地を考え、「図」を考えました。

 ある人は宇宙を地にすると、子どもは「星」になると付箋に書きました。他のチームのある人は「宇宙」を地にすると「レアな地球人」と付箋に書いています。同じ宇宙でも、表現が違うのが面白い!どんな言葉を出すかということに、自分の価値観や自分の思考のパターンが現れてきます。そこに優劣はなく、それがその人らしさなのです。

 次は、「子ども」か、子どもがいる環境」をイメージして、「要素・らしさ・機能」をそれぞれ出してみる。 「要素」は辞書に書かれるようなこと、プロフィールにあたります。「機能」はそのものの働き、役割。らしさは、それっぽい、雰囲気、印象。要素と機能は重なるところもあり、「難しい〜」という印象もありますが、まずは考えるための切り口なので、正しさはあんまり考えずにぽんぽんと出してもらいました!

 

 

 テーブルの上の模造紙を眺めて、追加で言葉も出していき、「連想の地図」を見て、ネーミングを考えるシンキングタイム。考えたことを共有する中でアイディアが深まっていく様子が見られました。グループごとの推しを決めて、最後に発表。

 中間支援組織の感じを、「仲」仲介する、つなぐと、「環」色相環とイメージを膨らませ、「仲環」支援組織としたグループ。イメージが膨らんでる・・!

 「バンブールーツ」タケノコって、根っこでつながっている。根っこはルーツ、ルーツは道という意味もある・・「DAIBEN」子どもの声を「代弁」するのと、子どもが大好きな大便・・!を掛け合わせた案。ユーモアもありながら、どんなふうに社会や人、子どもに関わっていくのか、存在するのかが見えてくる言葉が並びました。ネーミングを考えることはWSの目的ではありましたが、「子ども」についての人それぞれの見方、立つ位置から見える風景を共有する、対話が生まれるような場でもあったと思いました。

 ↑この対話の価値をみんなで最後に分かち合う時間があるとよかったな〜〜と反省。また、ワークは、難しい内容もあり、もう少し丁寧にプロセスを踏む必要があったと思います。

 参加された方々は今まで一緒にプロジェクトに取り組んだり、関わる時間ももってきたからか、「こんなこと言っても大丈夫」という安心感とユーモアをもって考えるベースがあり、一人一人によってつくられる場の力を感じました。

 ご参加いただいたみなさんありがとうございました!